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あなたは、普通に生活しているOOOの人たちを見たことがあるのか

 テレビを見ていると、トランプのアメリカとか、ISのイスラムとか、マスコミの報道の想定外のことやマスコミが理解できないことが起き、マスコミの敗北とか、イスラム報道自粛とか言われている。

 また色々なコメンテータ、社会学者、政治学者が語っている。

 最近読んだ『アメリカ政治の壁――利益と理念の狭間で』(渡辺 将人)と、『となりのイスラム 世界の3人に1人がイスラム教徒になる時代』(内藤正典 )に共通して言われている視点があった。

 それは「『では、あなたは、普通に生活しているアメリカ/イスラムの人たちを見たことがあるのか?』と問うと、実は誰も見ていない。その国でディープサウス/移民街の中に入って話をしたことがあるかと聞いても、NOです。」

 その国に住む人たちが何を考えているかは、旅行で垣間見るだけとか、メディアからの情報だけでは、到底つかみきれないものである。

 日本って国は?日本人は何考えてるの?と外国の人に聞かれても、あなたが毎日の生活の中で思っていることとは、きっと“遊離している”というか、“そんなこと表現できない!”と言う事になる。中国で8年間暮らしてきた経験から見ても、「中国は・・」とは一言も自信をもって述べることができない。

 政治的な観点からも、中国では、「上に政策あれば、下に対策あり」、イスラムでは「いわば一般民衆は非国家化したんです。国家意識を一切持たない。異民族の支配、それが絶えず変わっている、その中で生きていくには、この支配階級の交代に影響されない体制を内部で作っていく結果になり、オスマン・トルコはそれを固定して・・」(『イスラムの読み方(山本七平加瀬英明))と言うように、

 国としてとらえたとき「普通に生活している」人たちと外から見た政府の動きとは分離していることがよくある事のようだ。

 ここに居ながらでは、いや、その国に行っても、文化的な背景も歴史も理解せずに、何も理解できない。群盲象を評す。理解はほんの断片的なものにしか過ぎない。

 色々な視点から、その国/その人々を見たり経験したひとの書いた本や情報を幅広く見聞きし、自分なりの視点を持っていきたい。