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上から目線とポピュリズム

小学館発行の「本の窓」というPR誌(無料/月100円で郵送)に連載されている僧侶小池龍之介さんの思い込み突破法16回を見て。

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 今月の思い込み:「『上から目線』の物言いはけしからんもんで、反発して当然だ」

 

 「上から目線」と感じるかは、それを感じる本人の、傲慢さの度合いに応じて変動するようだ。本人が「ひとかどの、経緯をもって接せられるに値する人物でなのであるッ」と思い込んでいるためにこそ、他人のちょっとした傲慢さに対して、過敏になる。

 「その物言いは、立派な私に対して失礼だ」「この態度は、尊重されるべき私に対して、生意気だ」というのは、これこそが「上から目線」と一刀両断するときの裏のメッセージであり、隠れた本音なのです。

 みんな、自分が王様にでもなったような錯覚をしていて、相手が自分のためにすべてを分かりやすく、説明してくれるべきだと、尊大極まりない思い込みをしている時代である。

 このような慢心の評価基準で他人を裁くことの弊害は一目瞭然であり、”うまく演じてへりくだり、大衆の機嫌を損ねないで済むような人ばかりが、良好な評価を受けかねません。”

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 最近のTVを見てると軽くこのフレーズが使われているような気がします。今まで私も何となく笑いを誘うトークだなと聞き逃してきましたが、

 「この大衆の機嫌を損なわない」にチョット引っかかってしまいました。

つまり「この大衆の機嫌を損なわない」をうまくハンドリングし、「大衆の一面的な欲望に迎合し,大衆を操作することによって権力を維持する、これが大衆迎合主義」と言われるものです。

 今、民族主義ナショナリズムの動きが世界で大きくうねっていますが、その動きと重なると、大きく社会が振れるのではないかと心配です。

 誰かがうまくやる前に、我々の方が、甘い言葉を求めているという状態になってる!それでは困る!

 この状況をうまく利用する扇動がうまい政治家が出てくると、ちょっと大変な事態になりかねないな、と感じました。

 小池さんは、上記方向の話ではなく、

 「上から目線!」と感じた時、ひょっとすると己の傲慢さゆえに、相手のメッセージを受け止め損ねているのではないかしらと、自己点検するチャンスだとすら言えると言われる。

 「自分は一体、相手の何を、そんなにも受け止めたくないと躍起になっているのだろう」

 相手が人の話をあまり聞かずに自負していることを話し続けても、その内容として聞くべきところを見つけるように努め、それに対して頷いていった方が、良いのではないのでしょうか。

 

 話の落ちがどこだか分からなくなりましたが、「上からめせーん」と言った時、その裏に自己の慢心があることに気付き、視線を180度回転んし、心を柔らかく開き、理解することで、安寧な毎日、安寧な世の中にしていきたいものです。